チェスでは、一番弱いポーン(歩兵)が敵陣の一番奥まで進むと、クイーン(女王)に昇格することができます。
実はアリの世界でも同じようなことが起こることがあるのです。
女王アリの決定方法

多くのアリの種では、卵の段階で女王になるか労働者になるかは決まっていません。ハチは特別な餌であるローヤルゼリーを与えられた個体が女王になります。アリでも同様の事が起こっていると考えられていますが、はっきりとはわかっていません。
そして、繁殖を行うことができるのは女王アリだけなので、女王が死んでしまうと新しいアリが生まれてこなくなり、その巣は終焉を迎えてしまいます。
しかし、インドに生息するインディアン・ジャンピング・アント(Harpegnathos saltator)という種は、女王アリが死ぬと働きアリたちが次の女王の座を巡って争いを始めるのです。
ゲーマーゲート

インディアンジャンピングアリの巣も、1匹の女王アリと、餌を集め、侵入者と戦う従順な働きアリで構成されています。しかし、一部の働きアリは女王アリになるための準備として、毒嚢を小さくし、卵巣を大きくするなど、女王アリのような性質を持つ「ゲーマゲート」と呼ばれるアリに変身します。そして、普段の採餌作業を放棄し、女王アリのように繁殖と産卵を開始するのです。
こうした変身が何によって引き起こされているのかは、これまでほとんどわかっていませんでした。
これまでの研究で、働きアリがゲーマゲートに移行すると、様々な遺伝子発現やホルモンレベルの変化、寿命が5倍に伸びるなど、脳の中で大きな変化が起こることが明らかになっています。
「動物の脳は可塑的(思うようにかたちを作れる)です。つまり、環境に対応してその構造や機能を変えることができます」と、この論文の著者であるペンシルバニア大学の分子生物学者ロベルト・ボナシオ氏は説明しています。「このプロセスは人間の脳でも起こっています。思春期の行動の変化について考えてみてください」
たった一つのタンパク質

脳の変化がどのような役割を果たしているのかを検証するため、ボナシオ氏のチームは、インディアンジャンピングアリのニューロンが通常とは異なるレベルのホルモンを分泌させるようにしながら実験を行いました。対象となるのは、アリやハチなどの社会性昆虫の社会行動を制御していると考えられている2つのホルモンです。
実験の結果、アリの脳内で”Kr-h1″というたった一つのタンパク質の発現を切り替えるだけで、働きアリを女王アリへ昇格させられることを発見しました。
Kr-h1は、働きアリに多く含まれるホルモンと、女王アリに多く含まれるホルモンの2種類のホルモンに反応します。生後10日目のアリに、働きアリに多く含まれるホルモンを与えたところ、Kr-h1は女王に関連する遺伝子を停止させました。一方、女王に含まれるホルモンを与えると、Kr-h1は女王のような性質や行動を促進させました。
さらに、アリのニューロンからKr-h1タンパク質を除去すると、働きアリはよりゲーマーゲートに近い行動をとるようになり、ゲーマーゲートは働きアリに近い行動をとるようになることも判明しました。
ジキルとハイド

研究チームは、このタンパク質が一種のスイッチとして働いており、ホルモンが特定のシグナルをオン・オフして、働きアリやゲーマーゲートの脳の状態を作り出すと結論づけました。
「言い換えれば、ジキル博士とハイド氏の両方の部分が既にゲノムに書き込まれていて、どの遺伝子のスイッチをオンにするかオフにするかによって、誰もがどちらの役割も果たすことができるということです」と、この研究の共著者であるシェリー・バーガー氏は述べています。
今回の研究結果は、インディアンジャンピングアリの行動を制御する単一のタンパク質が存在することを示唆していますが、研究者たちはそれが事実であることを明確に証明するにはさらなる研究が必要だと考えています。また、Kr-h1というタンパク質がこのアリ以外の社会性生物にも存在するかを調べたいとしています。
reference: A Single Protein Can Switch Some Ants From a Worker Into a Queen | Smart News| Smithsonian Magazine、Harpegnathos saltator – Wikipedia、Kr-h1 maintains distinct caste-specific neurotranscriptomes in response to socially regulated hormones: Cell

たった一つのタンパク質によって全く違う性質を持つ個体に切り替わるなんて不思議じゃな
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