ポリネーター(花粉媒介者)という言葉をご存知でしょうか?その名のとおり、花粉を運び、植物の受粉を助ける動物のことです。地球上の種子植物のうち最低でも75%、恐らくはそれ以上の植物がポリネーターの媒介で受粉をしており、近年、彼らが生態系にもたらす重要な働きが見直されています。
新しい研究によると、海の植物である海藻にもポリネーターの役割を果たす動物が存在することが明らかになりました。
海の植物の繁殖

受粉とは、種子植物において”おしべ”で作られた花粉が”めしべ”に到達することを指します。代表的なポリネーターであるミツバチは、花の蜜を集める活動のうちに体に花粉を纏わせ、他の花へと運んでいきますが、海の中でもこのような活動が行われているようです。
2016年に「nature」誌に発表された論文によると、様々な海洋無脊椎動物が海草のゼラチン状の花粉塊を食べ、他の海草へと運ぶことにより受粉を助けていることが発見されました。しかし、海藻においてはこのような報告はされていませんでした。
海草と海藻はどちらも「かいそう」と読みますが、全く異なる植物です。海中に生息する種子植物である海草に対し、ワカメやノリなどに代表される海藻は藻の一種であり、根・茎・葉が分かれておらず、胞子によって繁殖します。
パリにあるソルボンヌ大学の遺伝学者、ミリアム・バレロ氏のチームは、紅藻の一種であるグラシラリア・グラシリス(Gracilaria gracilis)の遺伝学と交配を研究していました。紅藻は海藻の仲間で、多くは赤い色をしています。この海藻を実験用の水槽に保管していると、水槽の中に数百匹の小型で楕円形の甲殻類がいることに気が付きました。その動物は、イドテア・バルティカ(Idotea balthica)という等脚類(甲殻類の一種)でした。

藻類の胞子も花粉に似ていることから、研究チームは甲殻類が藻類の繁殖に役立っているのではないかと考えました。多くの海藻の種が海中を泳ぐ胞子を放出しますが、紅藻類の胞子は泳ぐための鞭毛(べんもう)を持たず、泳ぐことができません。そのため紅藻類の胞子は、海流によって飛散することで繁殖をしていると考えられていました。
実験による検証
イドテア・バルティカが紅藻の繁殖を助けているという仮説を裏付けるため、研究チームは実験を行いました。
まず、水の動きがない2つの水槽の中に、オスとメスの紅藻(グラシラリア・グラシリス)を15cmほど離して置きます。一つの水槽にはイドテア・バルティカを入れ、もう一つには入れませんでした。
紅藻のメスの体内で受精が成功すると、嚢果(のうか)と呼ばれる気泡状の構造ができるため、これらを数えることでどれだけ受精したかを定量的に把握します。その結果、イドテア・バルティカがいる場合は、いない場合に比べて受精成功率が約20倍も高いことがわかりました。
次に、メスの紅藻だけの水槽に、予めオスの紅藻に触れさせたイドテア・バルティカを入れました。すると、この環境下でも紅藻の一部に嚢果が見られ、イドテア・バルティカが繁殖を助けていることを明確に証明することができました。

さらに、高倍率の顕微鏡でイドテア・バルティカを観察したところ、花粉を纏ったミツバチのように体中に胞子が付着している様子が確認されたのです。
この発見は、藻類の繁殖を動物が助けることを発見した最初の例と考えられています。
動物が媒介する植物の繁殖形式の歴史
イドテア・バルティカは繁殖を手伝う見返りとして、ふさふさと生い茂る海藻の中の隠れ家と、表面に付着した餌を提供されているようです。
また、紅藻も甲殻類も、陸上植物よりもはるかに古くから地球上に存在する生物であり、植物の花粉や胞子を動物が運ぶ繁殖形式が最初に行われたのは海であった可能性があります。その場合、こうした繁殖形式が現れたのは、これまで考えられていたよりも数億年早かったかもしれません。
スミソニアン国立自然史博物館の古生物学者であるコンラッド・ラバンデイラ氏は、「このようなシステムは、紅藻が存在した先カンブリア時代まで遡る可能性があります」と言います。
「海流が紅藻の胞子の拡散に役立っているかもしれませんが、紅藻の受精の多くは水が穏やかな干潮時のタイドプールで行われています。そのような条件下では、イドテア・バルティカのような動物の影響が非常に重要だと考えられます」
研究チームは今後のテーマとして、他の紅藻類も動物を利用した繁殖を行っているか、海藻の繁殖に複数の動物が関与しているかを調査したいとしています。
この論文は、2022年7月29日付けの『サイエンス』誌に掲載されています。
reference: Scientists saw crustaceans ‘pollinate’ seaweed for the first time | Science News、What is a pollinator? – Pollinators (U.S. National Park Service) (nps.gov)、Idotea balthica – Wikipedia

この発見によって、甲殻類もミツバチのようにその重要性が見直されるかもしれんのぉ
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